大学駅伝3冠メンバーの八木勇樹による、第95回箱根駅伝振り返り〜往路編〜

2019年1月2日3日に開催された第95回箱根駅伝。95回の記念大会ということで、シード校10校、予選会の上位11校、関東インカレ成績枠1校と例年より出場校が増加し、大学22校と関東学生連合を含めた全23チームの出場となった。2日の往路3日の復路、計10区間で争われた。
早稲田大学時代3冠メンバーで現役ランナーである八木勇樹が、駅伝ならではの話も踏まえまずは往路について振り返る

PHOTO BY Makoto OKAZAKI

戦前の予想とシード権の重要性

戦前の予想として、箱根駅伝4連覇中で今シーズンの出雲駅伝と全日本大学駅伝を制覇し2回目の大学駅伝3冠を目指す青山学院大学が優勝候補の筆頭。そして対抗馬として10年連続3位以内という抜群の安定感を誇る東洋大学、全日本大学駅伝2位の東海大学。

この3校による争いが予想されていた。
ここに箱根駅伝予選会を圧倒的なタイムでトップ通過を果たし駅伝の実績抜群の駒澤大学や、長い距離の安定感に定評のある帝京大学あたりがどこまで食らいつけるか。

また、箱根駅伝では「シード権」も見どころの1つだ。上位10校のみ与えられるシード権は、予選を免除される。箱根駅伝の予選会は10月中旬に開催されるため、予選会に出場となると年間スケジュールを組むのが非常に難しくなる。11月の全日本大学駅伝や1月の箱根駅伝本戦の前に一度チームの状態を仕上げなければならず、予選会後にもう一度チームの状態を上げ、駅伝シーズンを戦うことが容易ではないからだ。現に予選会で良い成績だったチームが箱根駅伝本戦でシード圏外の順位になることは多い。

よって、たとえ優勝や3位以内には手が届かなくても、確実にシード権だけは獲得することが翌年以降の成績を占う意味でも重要なのだ。

駅伝で重要なこと

駅伝では、レース展開が非常に重要である。そしてレース展開を大きく左右する選手の区間配置。前半重視のオーダーやバランス型のオーダーなど。それに加え箱根駅伝では「山」がある。特に5区の山上りでは3分4分もしくはそれ以上の差がつき、平地区間以上のタイム差となるため、最重要区間として各大学年間を通して上り対策を行うほどだ。

また、箱根駅伝は各区間が20km以上の距離となり特に復路は単独で走ることが多いため、「長距離を走れる」「単独走ができる」といった能力も必要となる。

そして駅伝の場合、トップで走るのが有利とされている。
・トップが自分のペースで走れることでリズムに乗りやすい。
・トップには中継車があるため風除けになり無駄な力を使わなくて済む。
・トップ以外のチームは上位チームを追うために前半オーバーペースとなり、後半失速してトータルで見るとタイムが悪くなる。

などの要因があるからだ。

よって駅伝では前半区間からトップ集団で走ることが重要とされており、これらが駅伝の「流れ」としてその区間だけでなく後の区間まで影響が波及する。

これが駅伝の醍醐味であると同時に難しさでもある。過去にも圧倒的な選手層を誇るチームが、流れに乗れなかったために力を出し切ることができず予想外の順位に沈むといった事が多々あった。

そういったことも踏まえて区間編成をする必要があるのだ。箱根駅伝は、12月10日に16人のメンバー発表。12月29日に変更可能な区間エントリー。そして2日・3日の当日区間エントリー。レース前から勝負は始まっているのだ。

こういった事を考えながら駅伝を観戦すると、より楽しめる。

結果

総合

1位  東海大学   10時間52分09秒(復路新・大会新)
2位  青山学院大学 10時間55分50秒(復路新・大会新)
3位  東洋大学   10時間58分03秒
4位  駒澤大学   11時間01分05秒
5位  帝京大学   11時間03分10秒
6位  法政大学   11時間03分57秒
7位  國學院大学  11時間05分32秒
8位  順天堂大学  11時間08分35秒
9位  拓殖大学   11時間08分35秒
10位 中央学院大学 11時間09分23秒
11位 中央大学   11時間10分39秒
12位 早稲田大学  11時間10分39秒
13位 日本体育大学 11時間12分17秒
14位 日本大学   11時間13分25秒
15位 東京国際大学 11時間14分42秒
16位 神奈川大学  11時間15分51秒
17位 明治大学   11時間16分42秒
18位 国士舘大学  11時間16分56秒
19位 大東文化大学 11時間19分48秒
20位 城西大学   11時間19分57秒
OP   関東学生連合 11時間21分51秒
21位 山梨学院大学 11時間24分49秒
22位 上武大学   11時間31分14秒

区間賞

1区 西山和弥  東洋大学   1時間02分35秒 ※2年連続区間賞
2区 パトリック•ワンブイ 日本大学     1時間6分18秒
3区 森田歩希  青山学院大学 1時間01分26秒(区間新)
4区 相澤晃   東洋大学   1時間00分54秒(区間新)
5区 浦野雄平  國學院大学  1時間10分54秒(区間新)
6区 小野田勇次 青山学院大学 57分57秒(区間新)
7区 林奎介   青山学院大学 1時間02分18秒
8区 小松陽平  東海大学   1時間03分49秒(区間新)
9区 吉田圭太  青山学院大学 1時間08分50秒
10区 星岳   帝京大学   1時間09分57秒

優勝は東海大学

念願の初優勝となった東海大学。
5連覇を狙った青山学院大学は4区での失速と5区山上りで予想よりタイムが伸びなかった影響で、復路の6区7区の連続区間賞で巻き返したが優勝には届かず2位。

往路優勝の東洋大学は、7区8区で東海大学に逆転を許し力つき3位。
そして最終区まで混戦となったシード権争いでは、早稲田大学が一歩及ばず13年ぶりのシード落ちとなった。

レース展開〜往路〜

大混戦の1区

1区東洋大学の西山選手が2年連続の区間賞。今シーズンは不調によって良い走りができておらず、今回の箱根駅伝でも不安視されていた。スローペースとなった前半から中盤までは大集団だったが、後半一気にスパートをかけて後続を振り切り1秒差の区間賞。

何故、スローペースになるのか。それは先頭を引っ張ることが拮抗した実力だと不利になるからだ。先頭だと向かい風を受ける。また後ろの選手は前の選手の走りのリズムに合わせることで、エネルギーのロスを防ぐ。駅伝に限らず常に先頭を引っ張る選手が中盤から後半にかけてそのままトップを維持せずに集団の中に入ったり遅れたりすることが多い。

スタートから先頭で走るのは他の選手と実力の差がある場合、または単独走を得意とし自分のリズムで走る方が得意という選手だ。しかしこのような選手でも後方につかれることでプレッシャーで体力をロスすることになる。これを回避するため半歩でも後ろを走ってエネルギーロスを防ごうとする戦略を立てることが多く、誰も前に出なくなる。

判断する目安は集団が縦長だとハイペース。横長だとスローペースとなる。また、スローペースの場合、そのペースに「はまる」という現象に陥る。するとそこから少しペースを上げることで疲労感が増したり足が動かなくなる。そして誰も前に出ることのできない状態となり膠着状態が続くことになる。

前述のように1区はスローペースの展開だったこともあり、トップの東洋大学から15位神奈川大学まで47秒差。まだどのチームにも勝機があるタイム差だ。

ついに日本人歴代最高記録の三代直樹の記録を更新

2区では東洋大学の山本選手と1区2位の中央大学は堀尾選手、この2人が先頭グループを形成し堀尾選手がハイペースで先頭を引っ張る。ここで後続との差がじわりじわりと広がっていく。ラスト1kmで国士舘大学のヴィンセント選手が区間賞の走りで先頭に立ち中継所へ。2位に東洋大学、3位が中央大学。青山学院大学は梶谷選手が1時間08分30秒の走りで例年なら区間上位の好タイムだったが、今年はレベルが高く大きく遅れる展開となってしまった。

青山学院大学の梶谷選手を含んだ第2集団  PHOTO BY Mari Tsuchiya

2区は「花の2区」とも呼ばれ、各大学のエースが集う。後半に権太坂・不動坂という2つの坂があり、ここでの失速で差がつく。また2区は前半からスピードに乗ってハイペースで押し切るというスタイルの選手が多いため、スタートから2kmほどはかなり速いペースとなる。ここでどの集団に位置付けするかというのがレース運びに繋がってくる。

個人的には中央大学の堀尾選手の快走が良かった。前半からハイペースで入り先頭に追いついてからの積極的な走りは気迫を感じた。先頭で中継車もあり、リズムに乗って走れていたように思う。

そして東洋大学の山本選手は堀尾選手につくことで、ハイペースな中力を温存しながら走り後続の青山学院大学や東海大学を引き離すことができ、レース展開としては東洋大学に流れがあるように感じた。

また、区間2位の塩尻選手は1時間06分45秒。これは驚異的な記録で1999年の三代直樹さん(順大)の記録を1秒更新して日本人歴代最高タイムをマークした。

意地の区間新記録!竹澤健介・コスマスの記録を更新

3区東洋大学は吉川選手。優勝候補の青山学院大学は森田選手。2区終了時点で59秒差、森田選手は故障明けとの情報もあり青山学院大学は苦戦を強いられるかに思えた。

しかし森田選手は快走を見せる。ぐんぐんタイム差を縮め途中、駒澤大学・國學院大学・東海大学との4人で2位集団を形成し14km手前で単独2位に。そこから更にタイム差を縮め残り1.6kmでついに吉川選手に追いつき、ついにトップに。なんと区間新記録。森田選手のロードの強さ、特徴としてリズムよく刻んでいく走りに今回はいつにも増して推進力も加わっていた。

3区の特徴は前半の下り坂。ここで速いペースでフォームやリズムを安定させることができれば、速いペースを維持して走ることができる。しかし、あまりリズムが良くない中、下り坂だからとがむしゃらに走ってしまうと、平地で足の動きが鈍り思うようなペースで走ることが難しくなる。森田選手は走り始めの数キロで自分のフォーム・リズムを安定化させていたように見えた。

森田選手の記録1時間01分27秒は、2012年のコスマスさんの区間記録、そして区間記録から2秒差の現役学生にして北京五輪に出場した竹澤健介さんの記録を10秒以上塗り替えた。

2位に8秒差で東洋大学。駒澤大学が3位、4位東海大学5位國學院大学と続く。

青山学院大学が一気に流れを引き寄せた。さすが王者。東洋大学の吉川選手も走りは良かったが、単純に森田選手が良すぎた。

失いかけた流れを一気に取り戻す

昨年の距離変更によって4区の距離が長くなり準エース区間に。青山学院大学の4区は箱根駅伝初出場の岩見選手。東洋大学は相澤選手。4位東海大学は1500m日本選手権2連覇の館沢選手。

区間新記録を樹立した東洋大学の相澤選手  PHOTO BY Yukari

混戦が予想されたが、相澤選手の独壇場となった。すぐにトップに立つとそのままハイペースで最後まで走りきった。これまで、きつくなってから上半身のブレが少し出てきて推進力がなくなりペースダウンすることもあったが、今回は推進力が落ちずそのまま押し切った。2位青山学院大学の岩見選手は大ブレーキ。足取りが重く東海大学の館沢選手に抜かれても反応できず。初出場のプレッシャー、好調からのピークアウトか。青山学院大学は想定外だったに違いない。

駅伝では後続の選手に抜かれた時に動揺してしまう。この時冷静に判断し後ろについて力を溜めてリズムを作ることができる選手もいるが経験が浅いとそうはいかない。抜かれた際に一瞬でもつくことができない場合はかなりきつい状況の時である。また、力の差のある選手に抜かれてしまうと心理的な負担も大きく、そこから自分の走りに対して不安を持ってしまい、一気に走りのリズムを崩すことがある。

今回は初出場の岩見選手が、エース相澤選手の会心の走りで一瞬で抜かれて差を広げられたことで完全にリズムを崩しており、本来の走りとは程遠い走りとなってしまった。

相澤選手は1時間00分54秒の区間新記録。区間2位の館沢選手にさえ1分43秒差。この記録は以前のコース変更前と同コースであり、当時「驚異の記録」と言われた藤田敦史さん(駒大)の記録をも2秒更新するまさに驚異の記録であった。

まさかの展開

5区は東洋大学の田中選手が堅実な走りで首位をキープ。2位東海大学の西田選手が差を詰めて復路で逆転可能なタイム差でゴール。青山学院大学の山の神候補の竹石選手は、序盤からペースが上がらずまさかの区間13位で往路6位。5連覇に黄色信号が点ってしまった。

國學院大学はこれまでは往路6位が最高だったが今回は6位で受けた襷を3人抜きの往路3位とチーム最高順位を更新。法政大学は経験者の青木選手が12位から5位に順位を上げた。

区間賞は國學院大学の浦野選手。ハイレベルな戦いで東海大学の西田選手、法政大学の青木選手とともに区間記録を更新した。

前回3位の早稲田大学は15位と復路でのシード権争いとなった。

近年は年間を通して「山上り対策」を行うほど、5区の重要性は上がっている。

山上りの場合、普段の平地と比較しフォームが前傾になり接地局面も変わる。腕振りや背中も使って上って行く必要がある。そのため少しでも調子や動きが悪い状況で走りが噛み合わないと推進力が大きく落ちてタイムに影響する。また全身を使うためエネルギーを多く使い低血糖状態にもなりやすかったり、走りが噛み合わず筋肉の使い方が偏っていたりすると足が攣ることもある。そういった特殊な区間であるためこの5区での失敗は他の区間と比較しても大きな差となる。

往路優勝の東洋大学 PHOTO BY Yukari

往路優勝の東洋大学と東海大学との差は1分14秒。6位青山学院大学との差は5分30秒。戦前の予想とは違い青山学院大学が大きく遅れをとった。しかし復路は単独走となるため、集団での力を利用することができず地力や単独走の能力が必要となる。選手層の厚いチームと薄いチームで順位変動もかなり起きてくる。

復路へ続く・・・
「大学駅伝3冠メンバーの八木勇樹による、第95回箱根駅伝振り返り〜復路編〜」

ABOUTこの記事をかいた人

OFFICE YAGI Inc. CEO|全国展開するランクラブ「RDC RUN CLUB」|銀座・目黒の低酸素ジム「RDC GYM」|ケニア共和国・イテンで世界一を目指すランニングチーム「RDC KENYA」|パーソナルジム「KARIV GYM」 日本のみならず世界でウェルネス・ランニング事業を行う。