ティーチングとの違い〜神屋伸行のコーチング概論<後編>

神屋伸行です。選手と指導者と両方を経験してきたコーチング概論の後編です。

前編の「コーチング概論〜コーチングって何?」では、ケガに悩むAくんの事例をもとに、体系立てることと、クライアント(選手)自身が主体的に課題解決をしていくためのサポートの重要性をお伝えしました。

これからの時代はますます既存の仕組み、伝統の押しつけは難しくなっていきます。そうした環境下では思うような力を発揮できず、やり甲斐を持てない人も増えていくことでしょう。チームであれ、組織であれ、もちろん個人にとってもコーチングをベースにおいた取り組み方、接し方は非常に重要になると思っています。後編の今回も体験的な事例を通じて、ティーチングとの違いについて綴ってみます。

 

私の中学生から実業団までのコーチング経験

私は中学校から陸上競技を始め、高校、大学、実業団などで複数の指導者、スタッフと関りがありましたが、競技、部活の場では、これが「コーチング」で、ここが「ティーチング」と区別してサポートを受ける訳ではありませんでした。以下は、私のコーチングを受けた経験です。

中学生時代
中学校から陸上競技を始めた私でしたが、同級生は小学校から始めている人も多く、既に知識や走力を持ち合わせていました。当時、指導頂いた部活の先生はどちらかというとティーチングは案外少なく、解らないことは基本的に先輩や同級生、あるいはショップの店員さんに聞いたりしていましたし、多くを教えて頂きました。
部活の先生は、細かい専門的技術よりコーチングとサポート、環境作りに力を入れられていたように感じます。その環境作りやサポート面では凄く熱心な先生で、多くのコースを開拓し、レースを見つけては出場させて頂きました。今で言う「教えすぎない指導」だったと思います。

 

高校生時代
私が入学した当時の兵庫県立西脇工業高校は全盛期であり、全国高校駅伝では優勝争いするのが当たり前のことでした。そんなチーム状況では相当管理が厳しい、走り込み、練習が厳しいのだろう、ティーチング主体だろうと思われがちですが、特に管理されることはなかったです。
では、どこで強かったのかというと、元々走力を持ち、目標も高い選手たちが入学していたので、自主性の高い集団だったと言えます。時間的制約がある中で、どうやって競争に勝ってレギュラーになるか、他校に負けないためにすることをいつも懸命に考え議論し、トレーニングも短時間で効率良く、また非常に質の高い練習となっていました。
当時の高校駅伝最高記録を樹立するほどのレベルでありながら、やらされている意識を持たずに取り組めたのは非常に貴重な経験となりましたし、プレッシャーよりもチャレンジする意識が常にチーム内にあったように思い出します。「態度教育」などではティーチング主体ではあったものの、トレーニングや選考、エントリーなどのマネジメントの多くは自分達で考え、先生はそれを見守るスタイルでした。

 

大学生時代
大学の体育会となると、厳しいイメージ、徹底したチームのイメージを持たれることも多いですが、むしろ緩い感じでした。当時からティーチング主体で徹底的に教え込むようなスタイルではなく、選手が自分達で考えてトレーニングしていきます。ここでも選手の主体性を重視していました。
当時コーチだった大八木さんが徹底するのは、練習への目的や後押しの部分でした。中高とは違い、全国から精鋭が集まる大学でのトレーニングでは、未知の距離やトレーニングに臆してしまう面が出てきますが、それを乗り越えられるようにサポートをしていました。
ミーティングも駅伝時のオーダー意図と戦略に触れる程度で、基本は多くを語らず、自分達で考えるようにチームを作っていました。トレーニングの増減も、ペースについても選手たちと相談しながらトレーニング中でもどんどん変更して1度1度が充実したものになるように仕向けていたように思われます。

 

実業団時代
“学生”と大きく違うのは、結果しか求められないことです。どうやったら結果を出せるか。比較的自主的な指導を受けてきた当時の私でも、それを自分で考えきるには力不足でした。迷いが生じ始めた頃から急速にトレーニング状況も悪化し、自分なりにきちんと環境を整える重要性に気づきながらも出来ていないまま、目標も揺らぎながら結果が出せない時期を過ごした私は、ほどなくして一線から退くことを決意しました。

振り返ってみると、私の選手時代全般に言えるコーチングは、自主性を重んじるものでした。言われたことを言われっぱなしでそのままにするのか? 実行に移すのか? それらをヒントにして自分なりにも考え、工夫を加えるのか。選手自身が指導者のミーティングやアドバイスなどをどう受け止め、聞き分け、使い分けて活かすのかが鍵となることを体験的に学んでいたのです。

指導者に転身して気がついた「コーチング」と「ティーチング」の違い

引退してすぐ、武蔵野学院大学陸上競技部の創部に当たることになった私は、選手が入学する前に他校での練習に参加したりして経験を積み、部としての環境や仕組みの構築準備に邁進しました。

理想としてはコーチングのみで選手の自主性に委ねたいのですが、選手からはティーチングも求められます。理想と机上で学んだ理論をそのまま枠組みにすると無理が生じます。理想は頭に入れつつも、現実の各チームの取り組みや選手それぞれの考え方、背景も考える必要があると感じました。コーチングを教える「ティーチング」も必要だということですね。少しややこしいですが(笑)、ここでKくんの事例をご紹介します。

デビュー戦で失敗したKくんの悩みをヒアリング
大学でKくんという選手を指導しました。当初から長い距離の練習は割と出来たほうですが、彼はデビュー戦で失敗してしまいました。練習の力を全く出せず、別人のようでした。そこでKくんに幾つかの質問をしてみました。「レースに向けて何か特別なことをしたか?」「調整段階でのコンディション作りはどうだった?」「レース中に気になることはあった?」
すると幾つかの悩みを挙げました。高校時代からスピードが苦手だったこと、スピードを上げると身体が思うように動かなくなること、貧血の可能性、これからのトレーニング計画への懸念・・・多くの話が出てきました。チームとしては、箱根駅伝を目指す目標と個人で実業団を目指す選手が在籍しており、そのスピードや練習に不安と課題を抱えていたわけです。

 

Kくんに行ったコーチング
そこで、長い距離をゆったり走り、スピードは少しずつ上げていく方法などを提案し、順次練習状況のフィードバックと課題を1つ1つ明確にしながら取り組んでいくことになりました。Kくんの希望は箱根駅伝も走りたいけど、マラソンにも興味があるとのこと。
「まずマラソンを目指したベーストレーニングをやってみようか?」→「実際にどんな練習をしますか?」→「まずは歩いて脚作りと体力作りをする?」→「それなら得意です!」。というような感じでKくんの中でも具体的なイメージが湧いてきたようです。

このように、思うように結果が出なかったのは選手自身がその時点で思い描いているイメージに不安を抱えていたからでした。そこでコーチングを行い、出来ること、自信を持って取り組めそうなこと、課題をKくん自身に考え、決めてもらうこと、コーチとしてサポートすることを約束したことで大きく取り組みも変わり、後にマラソン選手として育ち、箱根駅伝予選会やトラックでも着実に記録を更新することに繋がっていきました。

 

最後に…

チームが成熟し、文化も知識やノウハウ、経験も蓄積しているチームではない場合、誰かがそれらを整え、作り込んでいかないと指標もデータもなく、選手は戸惑います。そこを指導者がカバーしなくてはならない。難しいのはティーチング主体でやる時期とコーチング主体の時期が混在しているチーム状況のときで、どこで切り替えるのか一律には出来ません。

個別で分けていくとすれば、それぞれの状況が自分達でも理解と納得ができていないと、接し方も指導の受け方の違いに対しても不満やすれ違い、摩擦が生じます。そういった混乱を起こさない為にも指導者自身も、選手やチームに関係する方々とそもそもの根幹となる「コーチング」と「ティーチング」の違いを理解し、活用法を確立していくことが非常に重要だと感じました。

自身の競技経験と指導を受けた経験を通して、個人もチームへも違いや使い分け、状況に応じた選択と活用法が定着していくには、コーチング知識の習得と実践は非常に大切だと考えます。きちんと体系立てを行い、クライアントに耳を傾け、自主性を促し、個人としてもチームとしてもパフォーマンスを向上させていくためにコーチングは、一部のハイレベルなアスリートだけではなく、初心者にも非常に有効だと思っています。

神屋伸行プロフィール
ランニングアドバイザー。兵庫県加古川市在住。元アジアクロカン日本代表。西脇工業高校、駒澤大学、実業団にて現役生活を送り、駅伝やトラックで活躍。その後、大学指導者を経て、クラブチームなどのコーチを継続中。