世の中には走力を向上させるトレーニングが数多く紹介されているが、その中から自分に合ったトレーニングを選択することは難しい。今回は、走力(走パフォーマンス)を向上させる3要素のご紹介とともに、最近の研究から導き出される効果的なトレーニング戦略について考えていきたい。
長距離走における走パフォーマンスを決定する3つの要因とは
長距離走における走パフォーマンスは有酸素性エネルギー代謝能力によって大部分が説明できることが知られている。それは「最大酸素摂取量」、「走の経済性(ランニングエコノミー)」、「乳酸性代謝閾値」の3要因である。古くはJoyner (1991) の研究まで遡ることができ、この3要因によってマラソンパフォーマンスの推定式が検討されている。
その他、長距離における走パフォーマンスとの関連も検討されており (Midgley et al., 2007)、3要因の走パフォーマンスへのかかわりの概略図が示されている (図1)。それではそれぞれの能力について簡単に紹介する。
最大酸素摂取量
最大酸素摂取量は1分間あたりに体内に取り込める酸素量の最大値であり、数値が大きいほど能力が優れていると評価できる。体内に取り込まれた酸素は、脂肪および糖を酸化させることによってエネルギー (アデノシン三リン酸: ATP) を生み出す。古くから走パフォーマンスとの密接な関係が明らかにされている。
走の経済性
走の経済性はランニングエコノミーとも呼ばれ、ある走速度をいかに少ないエネルギーで走行できるかの能力であり、一般には単位時間当たりまたは単位距離当たりの酸素摂取量で評価され、数値が小さいほど能力が優れていると評価できる。専門的にトレーニングを行っているランナーにおいては最大酸素摂取量よりも走の経済性が走パフォーマンスの成否を決定すると言われている。
乳酸性代謝閾値
運動強度が増大すると、糖の酸化が促進され、乳酸が産生される。産生された乳酸は遅筋線維や心筋などで再び酸化され、エネルギーとして利用されるが、産生量が酸化量を上回ると血中には乳酸が蓄積され始める。この時の走速度は乳酸性作業閾値と呼ばれ、最大酸素摂取量の出現する走速度に対する乳酸性作業閾値が乳酸性代謝閾値と呼ばれる。
先述のJoyner (1991) は一般的な乳酸性代謝閾値の範囲を75%-85%としており、これ未満の場合に劣っている、これ以上の場合に優れていると評価できる。
最大酸素摂取量とランニングエコノミーは逆相関の関係にある
上記のように最大酸素摂取量および走の経済性は優れていることが走パフォーマンスにとって望ましい。しかしながら、専門的にトレーニングを行っていないもの (Hunter et al., 2005)、競技レベルの低いランナー (Fletcher et al., 2009)、競技レベルに優れたランナー (Mooses et al., 2015) のそれぞれにおいて、最大酸素摂取量 (mLO2/kg/min) と走の経済性 (mLO2/kg/min) の間には逆相関の関係が認められると報告されている。
つまり、最大酸素摂取量が優れているランナーほど走の経済性に劣る、またはその逆の関係である。この関係には筋線維タイプが影響していると考えられており (Hunter et al., 2005)、遅筋線維に比べて機械的効率に劣り、酸化能力に優れている速筋線維を多く有しているランナーは最大酸素摂取量が優れる一方、走の経済性が低くなる傾向にある。したがって、競技レベルに優れたランナーであっても優れた最大酸素摂取量を有し、同時に優れた走の経済性を持つことは困難である可能性がある。
同様に、最大酸素摂取量と走の経済性の変化の関係においても逆相関の関係が報告されている (丹治ほか, 2016; 丹治・鍋倉, 2017)。つまり、トレーニングなどによって最大酸素摂取量が改善したとき走の経済性は低下する、またはその逆の関係である。この関係も同様に運動中の筋線維タイプの動員の変化が要因として示唆されるが、詳細までは明らかにされていない。
有酸素性エネルギー代謝能力と走パフォーマンスの変化
では最大酸素摂取量および走の経済性がどのように変化すれば、走パフォーマンスは向上するのか?
丹治と鍋倉 (2017) の研究では、走パフォーマンスをより向上させた上位ランナーの最大酸素摂取量および走の経済性の変化は、それらの回帰直線の上側に位置していたことを示している。したがって、
1) 最大酸素摂取量および走の経済性の両方を改善している
2) 最大酸素摂取量の改善に対して走の経済性の低下が小さい、または
3) 走の経済性の改善に対して最大酸素摂取量の低下が小さい
と言える。
この結果から、どちらかの能力を改善することに加えて、もう一方の能力の低下を抑制することが走パフォーマンスの効果的な向上に求められると考えられる。
さらに、個別にみていく。図2は丹治と鍋倉 (2017) の研究のうち3年間で走パフォーマンスを改善したランナー2名の年次ごとの最大酸素摂取量および走の経済性の値が示されている (丹治, 2017)。
図2aのランナーは1年目に70 mLO2/kg/min以上の最大酸素摂取量を有し、2年目にかけては走の経済性を改善させた一方、3年目にかけては最大酸素摂取量を改善させ、結果として、1年目に比べると両能力が改善し、16.4%の走パフォーマンスの向上が認められた。
図2bのランナーは1年目に60 mLO2/kg/min未満の最大酸素摂取量であり、2年目にかけては酸素摂取量を改善させ、3年目にかけては両能力が低下したものの、結果として、1年目に比べると最大酸素摂取量が改善し6.7%の走パフォーマンスの向上が認められた。
この傾向は全体の関係としても明確に示され、1年目の最大酸素摂取量と3年間の最大酸素摂取量の変化率との間には有意な負の相関関係、3年間の走の経済性の変化率との間には有意な正の相関関係がそれぞれ認められている (丹治・鍋倉, 2017)。
したがって、最大酸素摂取量に優れていたランナーほど、その後のトレーニングによって最大酸素摂取量は低下しているものの、走の経済性を改善させ、走パフォーマンスを向上させている。また、最大酸素摂取量に劣っていたランナーほど走の経済性を低下させたものの、最大酸素摂取量を改善させ、走パフォーマンスを向上させている。丹治と鍋倉 (2017) は、この最大酸素摂取量の優劣の基準を70 mLO2/kg/min程度であると考察している。
なお、この研究 (丹治・鍋倉, 2017) では1名を除くすべての選手が3年間のトレーニングによって走パフォーマンスを向上させている。乳酸性代謝閾値の変化と走パフォーマンスの変化との間に有意な相関関係が認められないことを報告しているが、最大酸素摂取量および走の経済性の変化が顕著でない一方、乳酸性代謝閾値の大幅な改善が認められたランナーも走パフォーマンスの向上が認められている。
したがって、走パフォーマンスの向上への顕著な貢献はないものの、乳酸性代謝閾値の改善を無視してはいけないと考えられる。
効果的に走パフォーマンスを向上させるトレーニング戦略とは
以上の結果を踏まえると、最も着目するべきは最大酸素摂取量の値であり、おおよそ70 mLO2/kg/minほどの能力を有するかによってトレーニングの目的を決定するべきであると考えられる。
つまり、最大酸素摂取量が70 mLO2/kg/min以上ある場合は走の経済性を改善させるトレーニング、一方最大酸素摂取量が70 mLO2/kg/min未満の場合は酸素摂取量を改善させるトレーニングを行うことで、より効果的に走パフォーマンスを向上させると考えられる (図3)。
しかし、これらの結果は男子大学生ランナーを対象とした結果であり、女性ランナー、市民ランナー、オリンピックランナーなどに対して70 mLO2/kg/minという数値が適切であるかは不明である。おそらく、それぞれのランナーにおいてより適切な数値があると考えられる。ただ、最大酸素摂取量の優劣が基準となることは間違いないだろう。なお、データの詳細はそれぞれの文献を参照されたい。
これらの有酸素性能力は近年測定できる施設が増えてきている。定期的に測定を行い、自らの能力を知ることで、効果的なトレーニング計画を考えることができるだろう。
目標に合わせてトレーニング計画の設計からフィードバックまで行うサービス
「RDC ONLINE」
東京都内で最大酸素摂取量やランニングエコノミーなど持久系能力を測定できる施設
「RDC GYM」
引用文献
Joyner MJ. (1991) Modeling: optimal marathon performance on the basis of physiological factors. J. Appl. Physiol. 70(2): 683-687.
Midgley AW, McNaughton LR & Jones AW. (2007) Training to enhance the physiological determinants of long distance running performance: Can valid recommendations be given to runner and coaches based on current scientific knowledge? Sports Med. 37(10): 857-880.
Hunter GR, Bamman MM, Larson-Meyer DE, Joanisse DR, McCarthy JP, Blaudeau TE & Newcomer BR. (2005) Inverse relationship between exercise economy and oxidative capacity in muscle. Eur. J. Appl. Physiol. 94: 558-568.
Fletcher JR, Esau SP & MacIntosh BR. (2009) Economy of running: beyond the measurement of oxygen uptake. J. Appl. Physiol. 107: 1918-1922.
Mooses M, Mooses K, Haile DW, Durussel J, Kaasik P & Pitsiladis YP. (2015) Dissociation between running economy and running performance in elite Kenyan distance runners. J. Sports Sci. 33: 136-144.
丹治史弥・津田修也・小林優史・鍋倉賢治. (2016) 学生トップランナーの走パフォーマンスに関連する生理学的変数の効果的な向上戦略. 陸上競技研究, 107: 22-29.
丹治史弥・鍋倉賢治. (2017) 大学生ランナーにおける3年間の有酸素性能力と走パフォーマンスの変化の関係. ランニング学研究, 28(2): 17-28.
丹治史弥 (2017) 中長距離ランナーの高強度走行中のランニングエコノミーと走パフォーマンス. 平成28年度筑波大学博士 (体育科学) 学位論文.