コーチングと聞くと皆さんはどういったイメージを持ちますか? スポーツのコーチ? 最近よく目にするビジネスにおけるコーチングでしょうか? この言葉は、スポーツにおける「コーチ」に付随して知られてきたという流れがあり、最近ようやく「コーチング」とは何かを考える機会も増えてきました。
ただ、どうしてもスポーツにおける「コーチ」のイメージに引っ張られ、本来の体系立てた「コーチング」を知る、学ぶ機会が上手く進まないことも目にします。ここは一度、自分達が持っているスポーツにおけるコーチのイメージから離れて学ぶ必要があると考え、私の経験をベースにコーチング概論を綴ってみたいと思います。
コーチングに重要な体系立て
スポーツにおけるコーチングは、ざっくりとしたイメージと暗黙知だけであったり、非常に属人的な場合とチーム事情が絡みあって組み立てられていくことになってしまいがちです。この場合、コーチ自身がどのスキル、方法を取ってクライアント(選手)と接していくのか明確に意識することが出来ないことも多いでしょう。現場だけで体系立てて学ぶことは非常に難しいのが体験的に実感するところです。
私は中高から大学・実業団にわたり、陸上競技の中距離種目の選手として取り組んできました。引退後、指導者としてコーチと監督の立場も経験してきました。指導者という立場になってからは選手と接し、チームを率いる場面ではコーチングだけで取り組むのは難しい面を経験してきました。
一方で、いわゆる市民ランナー、愛好家の方々をコーチする機会も多くあり、必要なのは体系立てて学んできたコーチングであると感じたのです。そして何より、クライアント(選手)自身も明確に今、自分がどの方法でコーチと接しているかが解らないままであることがよく見受けられます。
この違いはクライアント自身の持つ背景が大きく影響しますが、競技現場やチームにおいて、コーチという立場に付随する様々な事情は、マネジメントやサポートが存在します。また、指導においてもレクチャーやティーチングという手段を取るべき場面も出てきます。コーチングは、それだけ多岐にわたり、「現場経験の有無」はともかく、体系立ててしっかりと学ぶことが大事だと、私は推奨しています。
コーチングとは、クライアントの課題解決をサポートすること
コーチングを考える上で基点になるのがクライアント(選手)との関係です。コーチはあくまでクライアントの為に存在し、クライアント自身の課題解決をサポートする為に関わります。クライアントの中に答えがある、もしくはクライアントが自ら答えを探していけるように支援していくことが前提となります。ケガに悩むAくんの事例をご紹介します。
Aくんは、何に悩んでいるのか?
大学で指導していた選手にケガで悩むAくんがいました。もちろん、ケガは回復することが競技パフォーマンスを回復させ、トレーニングを向上させることに繋がりますので、コーチとしては、医師の診断を受け、確定し、それからリカバリー計画とトレーニング内容の検討を考えますが、そもそも選手は違う部分で悩んでいるのかもしれません。実際、Aくん自身がどうケガを捉えているのか解りませんでした。選手自身も漠然とした悩みの場合も多く、そこを聞き出せるように呼び水を向けてみます。正式に面談したり、雑談の中で探っていく方法もありますが、選手がリラックスして自分の中の答えや何かを探りだし易い方法が良いでしょう。
Aくんのケガの悩みは、高校時代の辛さや悩みを引きずっていることでした。自分の可能性を信じられず、今後への不安を抱えていたのです。つまりそれは、現在のトレーニングに対する悩みではなく、現在のトレーニングを変更する”対処療法”だけでは解消されないことでした。
「高校時代はなぜ故障したのか」「自分の中にシグナルや感覚はあったのか」「危険信号をしっかり受け取っていたなら自分はこれからどういう対処と計画、心構えで居る必要があるか」。それらを明確に言語化出来るように促し、自ら答えを探していけるようにしていきました。
コーチとクライアント(選手)の危険な関係
主体はあくまでクライアント(選手)であり、指導者やスタッフが時には介入が必要でも、過度に介入し過ぎないこと。逆に放置することなく呼び水を向けてみる、きちんと見守っていること、関係性を保っていることは伝わるようにしておくことも大切だと考えられます。まずは、クライアントから聴くこと、上手に聴き出すが基点です。Aくんは最初、モヤモヤとした言語化もおぼつかないものでしたが、徐々にしっかりとした形となってこちらにも伝わるようになっていきました。自分の中に明確な言語が出てくることで悩みや不安も小さくなっていくようになり、同時に、コーチとの信頼関係も構築されていきました。
スポーツの世界で課題となるコーチとクライアント(選手)の関係性では、こういった前提が崩れていることで起きることが多々あります。ひとたび依存関係を作り出してしまうとなかなか抜けられなくなってしまい、選手自身の自立が難しくなってしまいます。自ら考え取り組んでいく力を養うべき指導者(コーチ)のはずが、かえってその力を奪ってしまう自体を招くことがあります。
どこに行けば、どうやったら水を飲むことが出来るかを考えるのはクライアント自身であり、コーチはその方法や気付きを得る支援をすることが大切です。原則として水を直接飲ませることをしてはいけませんし、コーチが水を飲ませることに馴れさせてしまい、依存関係を作り出してはいけません。
コーチに求められるスキルは?
Aくんが主体的にケガを見つめ直したことで、トレーニングに対する姿勢、態度も変化が起きます。ただ参加し、故障しないか不安を抱え、対処に悩んでいた時期と比べ、ここまではやる、リスクが高まると加減する、状態をきちっと伝えられるなど、意見をはっきり出せるようになり、前向きに、積極的に関わっていけるようになっていきました。クライアント(選手)には個性があります。凄く反応が良く、すぐにそういった変化が起きる選手もいれば、じっくりと変化していく選手もいます。どれだけコーチも選手も関係者も待てるか、根気強くコーチングを続けられるかが大事になります。
また、4年間では足りない場合もあり、相性もあります。コーチとクライアント(選手)の信頼関係が前提ですが、この関係性のミスマッチが大きいとなかなか反応や変化も起きにくくなります。その場合は環境を変えることや、クライアントがコーチを選択出来れば、そういったミスマッチも解消し易くなります。
コーチは「積極的傾聴」を大切にせねばなりません。あくまでクライアントが主であることから、クライアントから適切な、様々な角度や客観的な質問を駆使し、引き出していくことが優秀なコーチに求められるスキルとなります。
最後に…
一方的にコーチが指示を出すのではなく、クライアント自らが考え、実践し、取り組んでいきたいところです。それを上手く巡回する為にデータや客観的情報、観察によって得られた情報をクライアントにフィードバックし、検討・考察し、次の取り組み、課題に活かすサイクルを作り出していく支援を行うのが「コーチング」です。
コーチングやティーチング、レクチャーなどをきちんと学び、場面や個別に応じて明確に使い分け、意識出来るかどうかが非常に重要です。選手との関係においても「ここは傾聴すべき場面だ」「ここは積極的に介入しよう」「教え込もう」とコーチ自らの行動を冷静に、客観的に考えることが大切です。そうすればどの程度の比率で選手との接触を図っているかが見え、検討、改善を図ることも出来ます。
逆にそうでなければ、なかなか自分自身の行動変容が難しいですよね。データも情報も整理できていないと自らを知ることが出来ない為、調整も改善も難しい。検討も出来ません。コーチングは、競技レベルや指導者としての実績などはあまり相関がないと私は考えます。
次回の後編は、「コーチング」と「ティーチング」の違いを綴っていきたいと思います。
神屋伸行プロフィール
ランニングアドバイザー。兵庫県加古川市在住。元アジアクロカン日本代表。西脇工業高校、駒澤大学、実業団にて現役生活を送り、駅伝やトラックで活躍。その後、大学指導者を経て、クラブチームなどのコーチを継続中。