第96回箱根駅伝。黄金世代が最上級生となった東海大の2連覇か!?青山学院大が王者に返り咲くか!?学生長距離界のエース相澤選手を擁する東洋大が意地を見せるか!?1区から超高速レースとなった箱根駅伝を総括する。
戦前の予想
戦前の予想では、昨年11月の全日本大学駅伝をエース級が欠場したにも関わらず優勝した東海大が優勝候補筆頭。続いて箱根駅伝では昨年まで4連覇を達成し、毎年選手層が厚く長い距離を安定して走れる青山学院大の2強。
そこに1人で流れを変えられる学生長距離界のエース相澤選手を擁する東洋大と、出雲駅伝優勝でエース級を複数人擁する勢いのある國學院大が往路からどういった流れで展開していくかが注目されていました。
1区は序盤からハイペースに
箱根駅伝は戦術として当日変更があります。他校の区間配置を見て勝負所や流れによって控えの選手と入れ替えができる制度です。今回の箱根駅伝では、各校主力級の選手が1区に集まりました。
2年連続区間賞の西山選手を筆頭に、東海大の鬼塚選手、青山学院大の吉田圭太選手、早稲田大の中谷選手、駒澤大の中村大聖選手。
レースはスタートからハイペースでレースが進み早稲田大の中谷選手が引っ張る場面が多く見られました。そんな中、東洋大の西山選手が10km過ぎから大きく遅れ始めました。
駅伝の流れとは
1区は駅伝の流れを作る重要な区間です。この「流れ」というのは駅伝特有のもので、良い流れで上位で走っていたり前が見える位置で走っていると、次の走者も非常に走りやすいのですが、前が見えない位置やエースが失速など予期せぬ展開になると、次の走者にもその流れが派生して力通りの走りができないということが起きます。
駅伝の結果を見てみると、区間下位で走った選手の次の走者が区間下位に沈むケースは多いです。また、区間上位で走った選手の次の走者が区間上位で走ったり、先頭を走っているチームは総じて区間上位で走るケースが多く見受けられます。良い流れだと力以上で走るケースが多々あります。
これは下位の場合、前に追いつくために無理して前半からオーバーペースで走ることが原因の1つです。前半の3〜5kmは差を詰めても、そこで体力を消耗し後半失速してトータルでは差を広げられてしまうということになりがちです。
この流れを変えるには「エースの走り」が必要です。どんな状況でも流れを変えられる力。それは、学生長距離界でも上位数人しか持っていません。よって、ほとんどの選手は大きく流れを変えることは難しいため、駅伝の流れはとても重要であり、この流れを作るまたは途切らせないことが、箱根駅伝という長い距離を10人で襷を繋ぐ駅伝では最も重要な要素です。
よって優勝を狙うチームが1区から出遅れることは致命的なのです。
佐藤悠基さんの空前絶後の区間記録に迫る好タイム!
1区の成績は、終盤キレのあるスパートを放った創価大の米満選手が区間賞。2位が國學院の藤木選手。有力校では4位東海大、6位早稲田大、7位青山学院大、9位駒澤大。まだ先頭と1分以内なので十分に射程圏内。東洋大は14位。先頭から2分2秒差と、1区で大きく出遅れてしまいました。
ちなみに区間賞の1時間1分13秒は、佐藤悠基さん(東海大→日清食品)の区間記録にわずかに及びませんでしたが、1時間1分台が8人と歴代最速の1区となりました。
2区は初の1時間5分台!好記録続出!
2区では、1区で出遅れた東洋大学の相澤選手が前を走っていた東京国際大の伊藤選手を捉え、2人で前を追う展開となりました。伊藤選手はユニバーシアードのハーフマラソンで銅メダル、箱根駅伝予選会日本人トップと力のある選手です。2人で並走しながらグングン先頭との差を詰めます。
先頭は早稲田大、青山学院大、東海大、國學院大を中心とした集団で、こちらもかなり良いペースで進んでいました。
結果的に相澤選手が7人抜きで1時間5分台の区間新記録。とてつもない記録が誕生しました。
例年ならこれで先頭まで追いつくレベルの走りでしたが、先頭集団も青山学院大の岸本選手が1年生歴代最高タイムの1時間7分3秒を叩き出すなど、複数人が1時間7分前半の好記録となり、東洋大は7位。1区2区で大量リードを狙っていた東洋大は誤算となりました。
一方で、青山学院大と東海大は狙い通りの展開に。早稲田大は予想以上の展開となりました。
3区、驚異の59分台!
3区では東京国際大のヴィンセント選手がまさかの59分台で区間記録を大幅更新で首位に。区間2位の帝京大遠藤選手と3位の駒澤大のゴールデンルーキー田澤選手も区間新記録。
駒澤大学は田澤選手で首位に立ちたいところでしたが、3区でも青山学院大の鈴木選手を始め全体的に好記録となったためそこまで順位を上げられずに6位。
そして相澤選手で流れを引き戻しかけた東洋大は吉川選手が区間14位となり10位まで順位を落としました。
箱根駅伝の優勝を占う重要な区間
箱根駅伝を観戦する中でポイントとして、3区終了時点で前後のチームがばらけていきます。先頭の見える順位のチームは優勝争いに加わることができ、逆に失速してしまったチームは優勝争いから脱落してしまう1つのポイントとなる区間でもあります。
今回の箱根駅伝は3区終了時点で東洋大学が優勝争いから脱落してしまいました。区間順位が14-1-14では優勝は難しくなります。
優勝争いするには、区間二桁を出さずに走れるか。それには選手が常に安定して走る力をつけることと、レース当日に調子を合わせる力が必要となります。
東洋大は今年まで11年連続で箱根駅伝3位以内という成績を残していました。これはチームの層が厚く、選手が皆安定して走れるチーム作りができていた証拠です。今回の箱根駅伝は東洋大学にとって今までにない珍しい展開となりました。
4区、2年連続の区間記録更新!東洋大学にまさか・・・
4区は青山学院大の吉田選手が昨年の相澤選手の記録を抜いて区間新記録。これもとてつもない記録です。コース変更のあった箱根駅伝において藤田さん(駒澤大→富士通)の持つ「不滅の記録」と言われた記録を昨年相澤選手が更新しました。その記録を更新した吉田選手。まさに会心の走りでした。
区間2位は東海大の名取選手。名取選手も1時間1分台の好記録でしたが、吉田選手と1分以上の差となり、4区終了時点で約2分差。「2分」というのは箱根駅伝の中で優勝するにおいて1つのボーダーラインとなります。なぜなら次の1区間で流れを変えることができれば、その次の区間で逆転可能になるからです。一方で3分差がついてしまうようであれば、その時点でトップの選手は安心して走ることができ、追いかける選手は全く前が見えないため、トップを走るチームが優勝する確率が一気に上がります。
東洋大はまさかの区間最下位に。14位とシード争いとなってしまいました。
従来の往路記録を大幅更新!復路も高速駅伝の予感・・・
5区は東洋大の宮下選手が区間新記録の巻き返しで11位まで順位を上げました。区間2位は青山学院大。青山学院大の往路の記録5時間21分16秒は従来の往路記録を大幅に更新。まさに高速駅伝となりました。
往路2位は國學院大。3位に東京国際大。4位に東海大。優勝候補の東海大はトップと3分22秒差となりました。
駅伝の「賭け」
東海大が優勝するには「賭け」に出なければならないタイム差です。
一か八かの前半から突っ込んで後半失速しないことを願って前だけを見て追いかけるリスクのある戦法です。
しかし賭けをしなければならないほど、3分22秒という差はひっくり返せません。
6区で館澤意地の区間新!
翌日の6区。東海大は主将の館澤選手が配置されました。この区間配置は驚きました。一般的に下りの6区は差が付きづらい区間です。そこで館澤選手を配置したということは、6区から流れを一気に変えないと、その後の4区間での逆転が不可能だからと考えたからでしょう。
そしてレースでは館澤選手が前半の5kmからハイペースで走り区間新記録。青山学院大との差を1分縮めました。しかし、青山学院大の谷野選手も58分18秒の好記録。今回は全体的に好記録なため、1区間での差が付きづらいです。区間2位の東洋大の今西選手も従来の区間記録を更新。東洋大は2区相澤選手の区間新記録を始め5区区間新記録6区区間2位で、総合7位。これほどまでに区間ごとに振れ幅のあるチームは初めてではないかと思います。
学生長距離界のもう1人のエース明治大の阿部!エースのプライド「区間新」
7区は相澤選手と並ぶ学生長距離界のエース、明治大の阿部選手が区間新記録。現学生で唯一の10000m27分台の自己ベストを持っていますが、怪我の影響から今シーズンは思ったような成績を残せていませんでした。しかし、箱根駅伝には何とか合わせてきました。本来の調子なら2区で相澤選手との勝負を見たかった選手です。
トップ争いでは、東海大の松崎選手が区間3位の走りでしたが、青山学院大の中村選手が区間4位でさをそこまで詰められずに、7区終了時点でトップの青山学院大と2位東海大の差は2分1秒。
残り3区間で「2分差」をひっくり返すには絶対外せない8区!
8区では前回区間記録を更新した東海大の小松選手が区間賞。しかし思ったよりもタイムが伸びず、区間2位の青山学院大の岩見選手と1秒差。ここで1分ほど差を詰めて、青山学院大との差が1分になれば9区10区でトップを狙うこともできたと思います。8区小松選手という絶対的な区間配置で詰められなかった、青山学院大が一枚上手でした。
この時点で青山学院大の優勝の確率が一気に上がりました。
また、3位を走る國學院大は大学最高順位でここまでレースを進めています。長年、上位校の牙城を他校が崩せずにいる中、國學院大の好走は他校にも勇気を与える走りです。
青山学院大が「決めた」
9区は青山学院大の神林選手が区間賞で優勝はほぼ確実に。一方でシード権争いも中央学院大、創価大、東洋大、早稲田大、駒澤大も含み熾烈になってきました。9区は復路のエース区間。ここでトップを走りながら区間賞の走りをするというのは、他校からしたら心が折られます。神林選手は昨年までは青山学院大内で突出した存在ではありませんでしたが、この9区の走りは自信になったと思います。
大会新記録!青山学院大が2年ぶりの総合優勝!
10区は、トップを走る湯原選手の一人旅。安定した走りでゴールテープを切りました。10時間45分23秒は大会記録を大幅に更新。一昔前だと考えられない記録です。
2位は東海大。3位争いは4校のデットヒート。一時は順位を落とした國學院大ですが、最後のスパートで大学最高順位の3位となりました。
また、シード争いでは嶋津選手が区間賞の走りで創価大がシード権を獲得。中央学院大が11位で惜しくもシード権を逃しました。
総括:青山学院大に油断なし!駅伝の難しさ
全体を通して、青山学院大の強さを改めて感じました。今回は原さんのコメントからも一切油断がなく、やはり一度負けた時の隙を見せないようにしているなと感じました。東海大は例年なら間違いなく優勝です。しかし青山学院大が要所で東海大に追随を許さなかった。青山学院大は自分達のレースをしながら同時に東海大に流れを作らせませんでした。青山学院大の駅伝の強さが際立ったレースだったように思います。
また、東洋大は区間上位と下位の選手が区間ごとでばらけており、駅伝の流れを作ることができませんでした。11年続いていた表彰台が途切れ10位というシード権をギリギリ獲得する順位となりました。しかし毎年安定したチームを作る酒井監督なら、きっと相澤選手の抜けた穴をカバーするどころかチーム力でより強いチームにすることと思います。
早稲田大学は去年のシード落ちの雪辱から今年は7位と持ち返しました。エースの太田選手は卒業しますが、1区で好走した中谷選手を始めとする、現2年生の高校時代にトップ級の実績を持つ選手達が一回り強くなれば優勝争いにも加われるはずです。
箱根駅伝の歴史が変わった
今回の箱根駅伝、10位の記録が10時間59分11秒。私が大学時代に優勝した2011年は10時間59分51秒(当時の大会記録)で、初の11時間切りでした。それが今ではシード落ちのラインになっています。
今回の箱根駅伝は上位校がほぼ大学最高タイムだったと思います。それほど箱根駅伝の高速化が一気に進みました。シューズの影響も噂されていますが、選手のレベルが上がってきているのは間違いありません。この箱根駅伝の好記録連発を日本陸上界のレベルアップに繋げられれば、世界との距離も縮まってくると思います。
駅伝では1区間のミスが流れを変える要因となります。これだけ高速レースとなった今、アクシデントなどによる若干の失速でも優勝争いからは脱落しますし、シード権獲得も難しくなってくるでしょう。
今回の箱根駅伝は、全10区間中7区間で区間新記録。歴代の区間記録も物凄い記録で記憶に残るものばかりですが、それらを上回る記録の連発でした。今回の箱根駅伝は今後の駅伝に向けて大きなターニングポイントになると思います。
PHOTO BY YUKARI
プロフィール
八木勇樹
株式会社OFFICE YAGI 代表取締役
RDC GYM 代表
RDC RUN CLUB 代表
高校2年時のインターハイと国⺠体育大会で日本人トップ。 世界クロスカントリー選手権の日本代表にも選ばれた。高校3年生のインターハイも日本人トップになり、同年の国⺠体育大会では悲願の外国人選手を退け優勝。外国人選手に挑戦する走りで高校2年時からトラック競技で日本人に無敗という驚異的な成績を残した。
高校卒業後、早稲田大学へ進学。3年時から4年時にかけて競走部主将となり、駅伝3冠(出雲・全日本・箱根)を達成。大学卒業後、旭化成陸上部に所属し、2014年ニューイヤー駅伝ではインターナショナル区間の2区で23分20秒の日本人歴代最高記録をマーク。
2016年6月末で旭化成を退社し、株式会社OFFICE YAGIを設立。陸上界に変革を起こすべく、RDC RUN CLUBを発足し全国に展開。2018年には世界一のランニングチームを目指してケニア共和国・イテンにRDC KENYAを設立。同年、アスリート支援プラットフォームZONEを立ち上げた。