理論で紐解く!〜筋トレが持久性パフォーマンスを低下させるって本当?

近年、ウエイトトレーニングを取り入れる持久系アスリートが増えています。マラソンのような長距離を走る持久系アスリートがウエイトトレーニングのような高強度の筋力トレーニングを取り入れるとどのような効果があるのでしょうか? 科学的知見を交えて解説します。

初めに、持久系アスリートが高強度の筋力トレーニングに取り組むことで持久性運動パフォーマンスがどのように変化するのか見ていきます。

これまでに、リクリエーショナルなレベル~エリートアスリートまで幅広いレベルの持久系アスリートを対象とした研究で、高強度の筋力トレーニングと持久性トレーニングを組み合わせることで、持久性トレーニングを単独で行うよりも持久性運動パフォーマンスを効果的に向上させることできると報告されています。

これらの科学的な裏付けをもとに、高強度の筋力トレーニングを取り入れる持久系アスリートやコーチが増えているのかもしれません。では、なぜパフォーマンスを向上させることができるのでしょうか?

 

高強度な筋トレはプラスなのか、マイナスなのか

一部のアスリートにとって骨格筋が肥大することは好ましい変化ですが、持久系アスリートにとっては必ずしもポジティブとは限りません。その理由として大きく2つの要因が挙げられます。

  • 骨格筋が肥大し筋重量が増えると運動の効率(ランニングエコノミーなど)が低下する。特に、四肢の重量が増えると末端が振り回しにくくなり(モーメントが大きくなり)、同じ運動をするのにより多くのエネルギーを必要とする。
  • 骨格筋が肥大すると骨格筋細胞内での酸素やエネルギー基質の移動(拡散)する距離が長くなり、酸素やエネルギー基質を効率的に使いづらくなる。

この2つの要因が、持久系アスリートが骨格筋を肥大させることは、運動パフォーマンスにネガティブに働く可能性があり、高強度の筋力トレーニングが持久系アスリートを敬遠させてきた理由です。

しかし、持久性トレーニングと高強度の筋力トレーニングを同時に行った場合、筋肥大は全くもしくは、わずかにしか起こらないようです。また、先行研究によると骨格筋の肥大が起こらなくとも筋力の向上は十分に得られることが分かっています。

したがって、持久性トレーニングと高強度の筋力トレーニングを組み合わせると、よく言う「筋トレをして体が重くなって動けなくなる」というようなことはなく、筋力が増えることのメリットを十分に受けることができます。

つまり、持久性トレーニングを行いながら高強度の筋力トレーニングを実施しても、多くの場合、筋肉が全くもしくは、ほとんど太くならずに(肥大せずに)筋力が増大します。

高強度な筋トレがランニングエコノミーに貢献する

さて、ここで筋力の向上について基本的な考え方をご紹介します。筋力の大きさは、大まかに次の要因によって決定されます。

骨格筋の横断面積(筋の太さ)
筋線維組成(速筋線維と遅筋線維のバランス)
神経系の適応(筋と神経の連携)

ここまでご紹介したように持久性トレーニングと高強度の筋力トレーニングを組み合わせた際に筋力が向上しますが、その構成要素の内の①骨格筋の横断面積は全くもしくは、ほとんど増加しないことが分かっています。また、②筋線維組成も先天的に決まる要素が大きく、後天的には少なくとも筋力の増大に有利な適応は起きにくいです。

つまり、持久性トレーニングと高強度の筋力トレーニングを組み合わせた際に起こる筋力の増大は、③神経系の適応に大きく依存すると推察されます。

パフォーマンスを向上させる「神経系の適応」とは?

骨格筋は神経細胞からの電気刺激によって活動(収縮)します。そして、この電気刺激の大小により骨格筋が発揮する筋力の大きさが変わってきます。つまり、高強度の筋力トレーニングによる神経系の適応により、骨格筋そのものの肥大によらず、骨格筋に対する信号を強めることで筋力を増大させることができます

また、神経系の適応により筋力以外にも力の立ち上がり率(RFD =Rate of Force Development)も増大することが知られています。力の立ち上がり率とは、ある決まった時間内での力の増加率を示すもので、わかりやすく言えば、短い時間で大きな力を発揮できるかという能力を示すもので、筋力やRFDが向上するとラストスパート時などに一気にスピードを上げられる能力につながります。

ラストスパート時以外にも筋力やRFDの向上が持久性運動パフォーマンスの向上にも貢献します。それは、最大筋力が向上すれば、ある最大下の強度で運動する時により楽に運動できる(相対運動強度が下がる)ようになると考えられるからです。

さらにランニングは、接地時間0.1秒~0.2秒程度の限られた時間の中で大きな力を加えてスピードを上げる必要がありますが、RFDが向上すると短い接地時間でも効率的に地面に力を加えることができます

このように高強度の筋力トレーニングを行い、筋力やRFDが向上すると、ランニング中に楽に効率よく地面に力を加えられるようになり、ランニングエコノミーが向上するのです。

 

ある筋線維の増加もパフォーマンスの向上の鍵!

次は、持久性運動パフォーマンス向上に重要なある因子が高強度の筋力トレーニングにより向上することの解説です。それは、骨格筋のTypeⅡA線維と呼ばれる筋線維の増加です

骨格筋の筋線維には大きく分けて3つあります。

  • TypeⅠ線維:力は大きくないが持久性に富んだ筋線維
  • TypeⅡX線維:力は大きいが持久性に乏しい筋線維
  • TypeⅡA線維:双方の性質をもった線維で力も持久性もある程度大きく、俗に中間筋などと呼ばれる

高強度の筋力トレーニングを行うとTypeⅡXの線維がTypeⅡA線維へと移行していくことが知られています。つまり、持久性アスリートが高強度の筋力トレーニングを行うと持久性に乏しいTypeⅡX線維をより持久性に富むTypeⅡA線維に移行させることができ、このことが持久性運動パフォーマンス向上に関わっているようです。

 TypeⅡX線維にトレーニングの刺激を入れ、TypeⅡA線維への移行を促すには高強度の筋力トレーニングが重要です。なぜなら運動中の筋線維の動員にはサイズの原理と呼ばれる法則があり、筋が発揮する力が弱いうちはTypeⅠ線維から使い始め、その後発揮張力の増加に従い、TypeⅡA線維→TypeⅡX線維と順に動員されます。

したがって、持久性トレーニングのみではせいぜいTypeⅠ~TypeⅡA線維までの動員が主で、TypeⅡX線維にトレーニング刺激を与えることは困難なため、持久系アスリートにおいても積極的に高強度の筋力トレーニングを行い、普段刺激の入らないTypeⅡX線維を動員することが重要です。

また、持久系アスリートによってこれまで広く行われてきた自重や低負荷での筋力トレーニングでも、せいぜいTypeⅠ~TypeⅡA線維までの動員が主で、TypeⅡXへの刺激として不十分であることが多いです。

まとめ

最後にこれまでご紹介したことを総括しますと

  • 持久性トレーニングと高強度の筋力トレーニングを同時に行った際に、持久性運動に不利になるような骨格筋の肥大や体重増加は全くもしくは、ほとんどない(メリットの方がはるかに大きい!)
  • 持久性トレーニングと高強度の筋力トレーニングを同時に行うことにより、筋力やRFDが向上するなどしてランニングエコノミーが向上し、持久性運動パフォーマンスが向上する
  • 高強度の筋力トレーニングを行うことにより、TypeⅡA線維が増加し持久性運動パフォーマンス向上に寄与すると考えられる
  • 持久系アスリートであっても、低強度の筋力トレーニングでなく高強度の筋力トレーニングが推奨される

このように持久系アスリートが高強度の筋力トレーニングを行うことは、持久性運動パフォーマンスを高めるために推奨されます。次回は、高強度の筋力トレーニングの具体的な実践方法についてお伝えしたいと思います。

<参考文献>
Mikkola et al. 2007. Concurrent endurance and explosive type strength training improves neuromuscular and anaerobic characteristic in young distance runners.  Int J Sports Med.

Aagaard P and Andersen L. 2010. Effects of strength training on endurance capacity in top-level endurance athletes. Scand J Med Sci Sports.

Wilson JM et al. 2012. Concurrent training: a meta-analysis examining interference of aerobic and resistance exercises. J Strength Cond Res.

ABOUTこの記事をかいた人

東京大学大学院 博士課程(運動生理学) 日本学術振興会 特別研究員DC2 東京大学陸上運動部コーチ 科学的知見に基づいたトレーニング情報の発信を目指します。 短距離〜長距離走まで幅広い選手のコーチングを行なっています。