マラソンを速く走りたい人は知っておきたい!!運動中のエネルギー代謝

2018年は2月の東京マラソンで設楽悠太選手が2時間6分11秒の日本新記録を樹立し、9月のベルリンマラソンでは、エリウド・キプチョゲ選手が初の2時間1分台となる2時間1分39秒の世界新記録を樹立した。

さらに、10月のシカゴマラソンで大迫傑選手が2時間5分50秒と設楽悠太選手の持っていた従来の日本記録をさらに20秒以上も更新して見せた。2018年はマラソンの好記録に国内外で歓喜した年である。
およそ100年前のロンドンオリンピックにおいて初めて42.195kmという距離でマラソンが開催され、最初の世界記録は2時間55分18秒であったとされている。当時の世界記録から今日に至るまで人類はマラソンを50分以上も速く走り切れるようになった。

では、どのようにして人類はここまで速くなったのか。2018年のマラソン界の躍進の背景には、多くのエリート選手の足元を彩る“常識破りの厚底シューズ”の貢献があると考える人もいる。
もちろん、道具の進化を含む様々な要素の貢献により、人類は約100年の間にマラソンを50分も速く走れるようになったのだが、ここでは運動生理学、とりわけエネルギー代謝的な観点から議論したい。

エネルギー源である「糖」と「脂肪」

体重60kgの人がマラソンを走り切るにはおよそ2500kcal程度のエネルギーが必要である。

人間の体の中に貯蔵されているエネルギー源に目を向けると、糖と脂肪が挙げられる。人間の体内には、通常500g程度の糖が貯蔵されており、これは約2000kcalのエネルギーに相当する。

したがって、単純計算では、人間が糖だけを使いマラソンを走りきることは出来ない(余談であるが、レース前に高炭水化物を摂取し、一時的に体内の糖の貯蔵量を20-30%ほど増やすグリコーゲンローディングという方法がある。一時的に糖の貯蔵量を増やすことは可能だが、グリコーゲンローディングを行うと体水分量の増加に伴い体重も増加し、マラソンを走る際のエネルギー消費量が増え、必ずしもプラスに働くとはいえない)。

一方で、脂肪の体内での貯蔵量は、個人差もあるが少なくとも数kgほどあり、これは数万kcalのエネルギーに相当する。つまり、体内の糖のエネルギー量に比べ、脂肪のエネルギー量は圧倒的に多い。
これほど多くの脂肪由来のエネルギーがあるのならば、例えマラソンで2500kcalのエネルギーが必要だとしても容易に走り切ることが可能なように錯覚する。しかし、現実には糖だけ、あるいは脂肪だけを用いて運動をすることは出来ない。

運動時には絶えず糖と脂肪が同時に利用されており、運動強度の増加に従いそれぞれの利用比率が変化する1)。安静時には糖と脂肪は1:2程度の比率で利用されており、脂肪の利用が優位である。
マラソンペース程度の運動強度では、糖と脂肪の利用比率は、通常1:1程度であり、これ以上にペースが上がると急激に糖の利用比率が高まり、長時間運動の継続が困難となる。

この糖の利用が急激に高まる際の転換点となる強度のことを、運動生理学では乳酸性作業閾値(LT)といったりする。

マラソンを速く走るためには、なるべく速く、かつ、なるべく糖の利用比率が少ない最適なペースを模索する必要がある。そこで、LTペースはマラソンのペースの目安として用いられることが多い。

レース後半までなるべく「糖」を残しておくことが成功の鍵

マラソンでは、35km辺りでペースが低下することがよく見受けられる。これは、レースの後半になり体内の糖が極端に少なくなることで(枯渇)、糖由来のエネルギー産生が少なくなり、それまでのペースを維持できなくなることが理由の一つとして挙げられる。

一方で、順位を争う選手は35㎞まで少し余裕を持って走っている。すると、序・中盤で他の選手より糖の利用割合を少し低く抑えることにつながり、ラストスパートに備えて糖を残すことができる。ラストスパート時のように一気にエネルギー需要が高まる際には、糖はそのエネルギー源としてとりわけ重要な役割を果たす。

糖や脂肪をエネルギーとして利用する際には、体内でいくつかの化学反応を介さなければならない。脂肪をエネルギーに変えるまでの反応はゆっくりとしか進まず、エネルギーを得るまでには時間がかかる。

一方で、糖を利用する際に用いる反応の速度は一気に高めることができ、短時間にたくさんのエネルギーを産み出すことができる。したがって、マラソンにおいて、ラストスパートの切れ味を良くするには、レース後半までにどれだけ多くの糖を残し、勝負所で残った糖を一気に利用できるかどうかが深く関与している。

これらのことからマラソンでは、レースの序・中盤にいかに糖を節約し、レース後半までなるべく糖を残しておくことが成功の鍵であるともいえる。

では、レース序・中盤に糖を節約し、レース後半までなるべくペースを落とさない、あるいはスパートのために糖をなるべく残しておくためにはどうすればよいのだろうか。

エネルギー代謝の主役はミトコンドリア

骨格筋内のミトコンドリアという細胞小器官の量は、運動中の糖の節約と密接な関係を持つ。ミトコンドリアは運動中に必要なエネルギーを作り出す工場のような役割を果たす器官である。

脂肪は様々な反応によりその形を変えながら輸送され、最終的にミトコンドリアに入り、酸化されエネルギーに変換される。他方、糖はグリコーゲンという形で骨格筋に貯蔵されており、脂肪と同様に様々な反応を介してその形を変え、最終的にはミトコンドリアで酸化されエネルギーとなる。

しかし、部分的に脂肪の利用と異なり、糖はミトコンドリアに入るまでの段階でもエネルギーを産み出す(解糖系エネルギー産生)。重要なのは、脂肪も糖も最終的にはミトコンドリアでエネルギーに変換され、運動中のエネルギー代謝の主役はミトコンドリアであるということである。

トレーニングをするとミトコンドリアが増加し、糖の代わりに脂質をより多く利用しエネルギーを産生できるようになる(脂質酸化能力の向上)。つまり、ミトコンドリアが増えるようなトレーニングをすると、トレーニング前と同じペースでマラソンを走った際に、トレーニング後において、脂肪をより多く使いエネルギーを産生できるようになり、その分糖の利用を節約して走ることができる。

ミトコンドリアを増やすには

では、どのようにしてミトコンドリアを増やせばよいのだろう。

ミトコンドリアが持久性トレーニングにより増加することは古くから知られている。しかし、アスリートや運動愛好家が本当に知りたいのはミトコンドリアを効果的に増やすためにはどうすればよいのかということであろう。

また、近年ミトコンドリアは健康の保持増進にも関わっていることが報告されている。

したがって、ミトコンドリアを効果的に増やす方法を示すことは、アスリートや運動愛好家の競技能力向上のみならず、一般人の健康保持増進のためにも重要である。また、現代社会では多くの人が多忙な生活を送っている。

そこで、なるべく短時間・短期間でミトコンドリアを増やす方策は強く求められている。アスリートのセカンドキャリア問題が取り上げられる昨今では、しばしばアスリートに対してただ競技能力が高いだけでなく、スポーツ以外の価値や能力が求められている。

より少ないトレーニング時間で効率的にミトコンドリアを増強するトレーニング方法の積極的な活用は、現役アスリートに対してスポーツ以外の活動にも取り組むことのできる時間的余裕をもたらすかもしれない。

 

次回以降の記事では、最新の科学的知見を基に、いかにして効果的・効率的にミトコンドリアを増やすかということについて議論していきたい。それらの記事が読者の競技能力の向上や健康保持増進等に役立てば大変光栄である。

 

引用文献

1)Van Loon LJC et al. 2001. The effects of increasing exercise intensity on muscle fuel utilization in human. J Physiol 536: 295-304

2)八田秀雄. 2017. 乳酸サイエンス-エネルギー代謝と運動生理学―. 市村出版

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ABOUTこの記事をかいた人

東京大学大学院 博士課程(運動生理学) 日本学術振興会 特別研究員DC2 東京大学陸上運動部コーチ 科学的知見に基づいたトレーニング情報の発信を目指します。 短距離〜長距離走まで幅広い選手のコーチングを行なっています。